大判例

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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)175号 判決

控訴人兼附帯被控訴人

第一商品株式会社

右代表者代表取締役

村崎稔

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

福原道雄

同訴訟復代理人弁護士

三崎恒夫

被控訴人兼附帯控訴人

堤宏

右訴訟代理人弁護士

戸谷茂樹

主文

一  本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

(一)  控訴人は被控訴人に対し、金三、一七七万七、九五五円とこれに対する昭和五七年八月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人兼附帯被控訴人の、その余を被控訴人兼附帯控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  本件控訴事件について

(一)  控訴人

「一、原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。二、被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。三、訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決。

(二)  被控訴人

「一、本件控訴を棄却する。二、控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決。

二  附帯控訴事件について

(一)  附帯控訴人(被控訴人)

「一、原判決を次のとおり変更する。二、附帯被控訴人は附帯控訴人に対し、金六、七二五万円及びこれに対する昭和五七年八月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は一、二審とも附帯被控訴人の負担とする。」との判決。

(二)  附帯被控訴人(控訴人)

「本件附帯控訴を棄却する。」との判決。

第二  当事者の主張

一  原判決の引用

当事者の主張は以下のとおり訂正、附加するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

原判決三枚目表四、五行目の「更なる取引」を「取引の継続」と、同裏一一行目の「残額」を「残額の内金」と、同一二行目の「行つた」を「行なつた」と訂正する。

同六枚目表八行目の「権限濫用行為」を「違法行為」と訂正する。

二  被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という)の当審附加主張

(一)  原判決は被控訴人の請求金額六、一二五万円の四割を過失相殺しているが、そもそも被控訴人には何ら過失相殺の対象とすべき過失はないし、仮にこれがあるとしても過失相殺は右請求金額ではなく被控訴人が控訴人に提供した証拠金、帳尻損金全額七、二七九万八、一一一円のうち、現金支払額計七、〇三二万八、一一一円からこれを行ない、その残額から被控訴人が控訴人から受取つた返還金二六〇万円を差引き損害額を算定すべきである。

(二)  控訴人の後示当審附加主張三(二)を争い、同(三)を認める。なお、金員出捐額合計七、〇三二万八、一一一円が損害額である。同(四)はそのうち二六〇万円の返金を認め、その余を否認する。同(五)を争う。

三  控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という)の主張

(一)  被控訴人の当審附加主張二(一)を争う。

(二)  被控訴人は控訴人の営業部長岩崎英一の求めに反し安村の差入れた誓約書(甲第三号証)の二行をことさら伏せて空白にしたコピーを渡しており、このことから被控訴人が安村と共謀したこと、少なくともその不当勧誘の違法性につき悪意、重過失があつたことが明らかである。

(三)  被控訴人が控訴人に対し証拠金差入及び帳尻差損金に対する内入支払額は次のとおり合計七、二七九万八、一一一円であり、そのうち、七、〇三二万八、一一一円が金員出捐額である。

1 現金による証拠金差入れ 六、五三二万八、一一一円

2 証拠金代用証券貸付信託 額面二四七万円

3 帳尻損金の支払い 金五〇〇万円

(四)  控訴人から被控訴人に対し証拠金の返還金八〇万円、利益金支払金五九七万二、二〇〇円、合計六七七万二、二〇〇円を支払、返還した。

(五)  前記(三)と(四)の差額六、六〇一万五、九一一円のうち、六、三五五万五、九一一円が被控訴人が控訴人に差入れた金員の実質的出損額である。

なお、前示(三)2の貸付信託証券は控訴人において保管中である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原判決の引用

原判決理由説示中冒頭から原判決一七枚目裏末行までを引用する(但し、原判決六枚目裏一〇行目の「残額」を「残額の内金」と、同七枚目表五行目の「六号証」を「第七六号証」と、同一三枚目裏二行目の「手仕舞われる」を「手仕舞がされる」と、同六行目の「手仕舞つた」を「手仕舞をした」と訂正する。同一七枚目裏八行目の「あることに比べれば、……」から同一〇行目の「評価できず」までを「あつたといわざるを得ず、他方被控訴人にも北辰商品との取引損を取戻そうとするあまり、自制を超えて利のみを追う過失を有していたものというべきであるが、同人に重大な過失があつたとまでは評価できず」と、同一二行目の「四割」を「五割」と、同末行の「あり、」を「ある。」と訂正し、同末行の「従つて……」以下判決末尾まで全部を削除する。)。

二使用者責任の検討

前示引用の原判決挙示の当事者間に争いのない事実、〈証拠〉を総合すると右原判決認定の事実を認めることができ、この各事実と弁論の全趣旨を考え併せると、原判決説示のとおり、控訴人の従業員で大阪支店次長である安村優が控訴人の事業の執行につき利益保証ないし少なくとも元本保証によりこれを越える損失の一部を負担することを約して商品市場における売買取引の委託ないしこれに準ずる売買取引委託後の委託証拠金ないし追加証拠金の出捐の勧誘をしたもので、この商品取引所法九四条二号に違反する違法な行為によつて被控訴人が後示損害を受けたことが認められ、これと同旨の前示引用の原判決理由説示の認定判断を首肯することができ、この認定判断に反する〈証拠〉は前掲各証拠及び弁論の全趣旨に照らし遽かに措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

なお、商品取引員が商品取引所法九四条一、二号に違反して不当な勧誘をなし、それによつて顧客との間に取引委託契約が締結された場合であつても、顧客の意思表示に要素の錯誤、公序良俗違反等特段の事情がない限り、契約の効力に影響がないものと解されるところ(最判昭和四九・七・一九判時七五五号五八頁参照)、前認定の事実関係のもとにおいてはいまだ本件取引委託契約に消長をきたすものではないというほかない。しかしながら、このように右商品取引委託契約が有効であるとしても、前示商品取引員たる控訴人がその従業員の違法不当な勧誘によつて商品取引委託契約を締結させてこれにより顧客たる被控訴人に与えた損害を賠償すべき民法七一五条一項の使用者責任(不法行為責任)の成立を妨げるものではないと考える。

三控訴人の抗弁の検討

控訴人は抗弁として被控訴人が安村の不当勧誘行為が違法であることを知り、または重大な過失によりこれを知らずに本件商品取引委託契約をしたものであるから、不法行為は成立しない旨主張する。これは結局取引的不法行為につき民法七一五条の「事業ノ執行ニ付キ」の判定に当たり、被害者側に職務外ないしその権限濫用につき悪意重過失がある場合は、職務の範囲内の行為に当るとの外形を有せず、右「事業ノ執行ニ付キ」なした行為とはいえないことを指すものというべきところ(最判昭和四二・四・二〇民集二一巻三号六九七頁、最判昭和四二・一一・二民集二一巻九号二二七八頁、最判昭和四三・一・三〇民集二二巻一号六三頁など参照)、前示引用の原判決認定のとおり、被控訴人が控訴人の被用者である安村優の不当勧誘行為の違法性ないしその権限濫用につき悪意、重過失があつたことを認めるに足らず、前示措信しない証拠のほかこれを認めるに足る的確な証拠がない。

なお、〈証拠〉、弁論の全趣旨によると、昭和五七年五月六日頃控訴人の四ブロック担当の営業部長である岩崎英一が被控訴人の自宅を訪問し、被控訴人から右安村が差入れたという誓約書の提出を求めたところ、当初被控訴人は誓約書(甲第三号証)のうち、その中間部に記載されている「万一損失された場合安村が勝手に商いした。自分は一済知らないという事にして下さい」との二行を伏せてこれを空白にしたコピーを手交したが、岩崎から全文のコピーを要求されて漸く全文のコピーを同人に交付したことが認められるが、このことから直ちに控訴人主張のように被控訴人と安村との間に共謀があるとか、被控訴人に前示悪意、重過失があつた事実を推認することはできず、前示措信しない証拠のほか右推認をなすに足る的確な証拠がない。

四損害の検討

被控訴人が右安村の違法な勧誘行為により成立した本件商品取引委託契約に基づき控訴人に差入れた証拠金六、七七九万八、一一一円(内訳・現金六、五三二万八、一一一円、証拠金代用証券貸付信託 額面二四七万円)、帳尻差損金の内入支払金五〇〇万円の計七、二七九万八、一一一円のうち、金七、〇三二万八、一一一円の金員を出捐し、控訴人から右委託契約に基づき計二六〇万円の返還または支払を受けたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すると、前示当事者間に争いのない支払ないし返還金二六〇万円を含め別紙のとおり控訴人は前後七回に亘り、証拠金の返還八〇万円、帳尻利益金の支払五九七万二、二〇〇円の計六七七万二、二〇〇円を被控訴人に返還したもので、結局被控訴人は前示当事者間に争いのない金員出捐金計七、〇三二万八、一一一円(なお、証拠金代用証券貸付信託額面二四七万円については被控訴人においてこれを損害額とする主張がない)から右の返金額計六七七万二、二〇〇円を差引いた残額六、三五五万五、九一一円の損害を蒙つたものと認めることができ、この認定に反する〈証拠〉は前掲各証拠、弁論の全趣旨に照らし遽かに措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠がない。

五過失相殺の検討

前示に訂正して引用した原判決により認定した被害者である被控訴人の過失を斟酌して当裁判所は前示損害額の五割を過失相殺し残額五割に当る三、一七七万七、九五五円をもつて損害賠償の額と定めるのを相当とする。

なお、被控訴人は損害額を前示被控訴人出捐額合計七、二七九万八、一一一円のうちの現金支払額計七、〇三二万八、一一一円を損害額とみてこれに対してのみ過失相殺を行ない、その後に控訴人からの返金額を損害賠償額として差引いた残額を損害額とすべきである旨を主張するが、前示のとおり本件違法勧誘行為による不法行為の成立とは別に本件商品取引委託契約は有効に成立しているというべきであるから、被控訴人は控訴人の被用者の違法勧誘行為により本件商品取引委託契約を締結させられたもので本件商品取引による清算後の最終損害金である前示六、三五五万五、九一一円が本件不法行為による損害であるとしたうえ、これに対し過失相殺を行なうのが相当であり、しかも却てこの方が被害者たる被控訴人の保護に厚いところであるから、被控訴人の前示本判決事実摘示第二の二(一)の主張は採用できない。

六結論

以上のとおり控訴人は被用者安村の不法行為に対する使用者責任による損害賠償金として、被控訴人に対し金三、一七七万七、九五五円とこれに対する本件訴状送達日の翌日である昭和五七年八月一〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、被控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるが、その余の請求は失当であることが明らかである。

よつて、本件控訴に基づきこれと一部異なる原判決を主文第一項のとおり変更し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九二条、九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官諸富吉嗣 裁判官吉川義春)

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